加賀前田家の古文書蒐集・模本作成

古文書集の編纂 です。

前項の地誌とは異なった一般史書の参考資料としての古文書集が挙げられています。

まずは、山鹿素行武家事紀、その続集巻廿九以下九巻は、古案と題して戦国時代の武将の古文書を収めています。

次に、大日本史編纂の成果としての古文書集。さらに水戸の史館においては、諸家文書纂十四冊が編輯されています。結城・島津・三刀屋・河野・天野・興津・萬澤などで、今日原本は所在不明のものも多く、貴重な史料となっています。

水戸の徳川光圀と同時代の人であった加賀の前田綱紀は、東寺百合文書を整理したことで有名ですが、綱紀以来貴重な古文書を蒐集しています。伏見天皇花園天皇後醍醐天皇の宸翰御消息二巻は、紙背に経文を摺写することで伝わったものです。豊臣秀吉が高山国(台湾)に送った朱印状、関白秀次に朝鮮明国征服後の処置を指示した朱印状が伝わっています。

社寺では石清水八幡宮賀茂別雷神社・東寺寶菩提院・東福寺・長福寺・大光明寺など、諸家では飯尾・日置・野上・籠手田・天野・得田・加藤などが主なもので、家分け別に保存し、そのように所蔵者別にするほど集まっていない場合は編年体に整えて保存しています。これらのなかには、正倉院文書・東大寺関係文書・伊豆走湯山文書など貴重な古文書が多く収められています。編年体の文書に続いて征韓文書として加藤清正の文書や外国文書として朱印船の朱印状などが伝わっています。また原本ではなく、模写を伝えたものも多くあり、石清水八幡宮文書・山崎寶積寺文書・園城寺文書・實相院文書など多数収まっています。このように前田家では、原本の蒐集と一方その模本を作るという二つの方法で保存の途を講じていたのです。