六波羅の施行状は、幕府の下文計りで無く、勅命を伝える文書である綸旨をも施行する為めに出ることもあった。〔一八二〕は、嘉暦三年八月十三日、山城大山崎神人等に八幡宮内殿燈油荏胡麻に対する関所料免除を伝えらるる臨時を施行する為めに出した文書である。六波羅探題と並んで、鎮西探題も鎌倉幕府の文書を承けて施行状を出している。〔一八三〕は一例で、永仁六年十一月廿六日肥前東妙妙法両寺の殺生禁断に関する宣旨并に幕命を伝える為めに出した施行状である。又諸国の守護人も同様施行状を出している。これ等は、幕府の文書計りで無く、六波羅鎮西両探題の文書をも施行することがあった。〔一八四・一八五〕に挙げたのは、出雲、丹後の各守護人の施行状である。とのことです。