将来の研究に資する目的を以て便宜ここに収めておく

而してその書式を延喜式に依って知るのみで、実際の文書の伝わるものは遺っていないようである。唯僅かに管見に入ったものとして、東寺から同寺三綱の解任に関して出した解由状が一通あるから〔二〇七〕に挙げておく。この文書は案文と記してあるが、造東寺印が二十顆捺してある。仁和四年五月廿四日都維那神忠の解由の為めに出したもので、当時の案文と思われる。その書式は解式をとっていない。解式をとっていないからとて、この部類に入れて正しいか否か明かで無いが、将来の研究に資する目的を以て、便宜ここに収めておく次第である。とのことです。