御書の書止めは「何々候也」

天皇の御書礼に就いては、弘安書中礼始め諸書札礼に見るところが無い。固より当然のことである。唯順徳天皇の御撰禁秘抄中に、天皇の御書の事と題して、『天子の御書惣じて御名を書かず、父王と雖も恐々の字を書かず、但し予仙院を恐るること先代に超え、仍て間々「恐々謹言」と書し、或又只「謹言」也、普通「只候也」など書給也、』云々と記されてある。これに依ると御書の御書止めは「何々候也」を通例とされていたのである。とのことです。