料紙の形状から名称が生じた折紙

第八種 折紙

更に〔四〇一〕は、弘治二年十二月廿七日、三好長慶が東寺雑掌に充てた文書である。その料紙は折紙を用いている。この文書は、東寺公文所の公文たる浄忠と申す者父子が、年貢収納の算用即ち計算に就いて不正を行い、ために斗升を私して逐電したので、之を補うべきことを命じ、又新に斗升を造ることを許すためにだしたものである。かように当時命令を伝える文書に、既に説いた幕府奉行の奉書に見る如く、その料紙に折紙を用いる慣例が生じていた。そこでかかる文書を折紙と称するに至った。即ち料紙の形状から文書の名称が生じたのである。とのことです。