島津義弘分国片浦に黒船が着岸
信長秀吉の印判状に、此部類の書式をとったものが極めて多く伝わっている。大抵広く各方面の者に向かって与えたもので、本文書止めは「何々也」で結んである。今秀吉の朱印状の一例を図版に示そう。
(略)
この文書は、島津氏分国片浦に黒船が着岸し、舶載せる白糸、即ち絹布の売買を申出でたので、秀吉は之を買上げんとして奉行を下したから、下着の上相場を定めて取引を致し、なお買上げた上余分があれば承認に買わせ、買手がなければ余分は何程でも引取る由を、島津義弘に伝えたものである。とのことです。