信玄の「恐々謹言」「恐惶謹言」の書止めをもつ鄭重な龍の朱印状

更に書止めを「恐々謹言」と書いたものもある。〔五五七〕はその一例で、弘治三年三月十日、信玄が信濃諏訪の千野靫負尉の同国葛山城合戦に於ける戦功に対して出した感状であって、実名の下に龍の朱印が捺してある。余程鄭重な意味が現れている。なお更に「恐惶謹言」と一層丁寧な文言を用いているものもある。とのことです。