日下に弾正忠と書きその下に楕円形の「天下布武」の朱印

 に式 日附が年月日から成り、差出所官印、充所を具えないもの

この部類に入る印判状の例として、信長のものが比較的多くある。〔五六二〕に挙げたのはその一例で、永禄十一年九月、信長が上洛して直ちに軍勢の狼藉を取締るために、洛中洛外諸社寺に出した禁制の中、上賀茂社領境内六郷に掲げたものである。日下に弾正忠と書き、その下に楕円形「天下布武」の朱印が捺してある。〔五六三〕によく十二年三月十六日、京都上京に出した精銭に関する追加掟書と称するもので、主として売買取引に於ける代物に関する規定を示した文書である。日下の差出所は先の禁制と同じ形式をとっている。とのことです。