2025-05-18 和泉国御家人和田助家が六波羅北方に出した正中の変に関する着到状 なお着到状の例二三を挙げると、〔六八六〕は、元亨四年即ち正中元年十月三日、和泉国御家人和田助家が、六波羅北方にだしたもので、証判は北方範貞が加えている。この年九月十九日、六波羅探題が、美濃国の住人土岐頼兼、多治見国長等の討幕の計画を知って、之を京都に殺した所謂正中変に関するものである。とのことです。