源頼信の家系が陽成天皇から出たように記す河内誉田八幡宮に奉った告文

古い時代の告文に当たるものは、正門として伝わるものがない。石清水八幡宮別当田中宗清は、鎌倉時代の初期に、同宮草創以来、天皇上皇門院を始め奉り、諸家諸人から同宮に奉った宣命告文類を書写して、之を告文部類と題し二巻にまとめて後世に伝えている。之に依ると平安時代宣命告文の書式を古い写本に依って知ることができる。元来宣命告文類は読み奉った後焼却するものもあって、正文の伝わる告文は多くない。従ってこの宗清の告文部類は、古文書の書式を考える上にも貴重な資料である。上掲朱雀上皇御告文もその中んいある。なお源頼信が河内誉田八幡宮に奉った告文は、又祭文とも称しているが、純然たる漢文体のもので、頼信の家系に説き及び、その先祖が陽成天皇から出たように書いてあって、頼信の家系が従来知られていた清和源氏ではないと云う新しい史実を見る文書も、その中にある。とのことです。