吉川元春が、子経言(広家)に充てた書状

次に〔四六三〕は、(天正七年)二月十八日、吉川元春が其子経,言(広家)の行儀に関して意見を述べた書状である。全文に元春が父として子を思う情愛が溢れ、如何に子弟の教導に意を用いていたかが知られる。文中元就の孫、元春の子として恥ずかしからぬように身を処せいよと教えている。元春がその父元就の人格を慕い、之を更に子孫の亀鑑として教訓に怠ることのなかったことがよくわかる。とのことです。