三條西実隆が長尾為景に送った書状

少しく時代が降って〔四五八〕は、(大永七年)六月十日、三條西実隆が越後の長尾為景に送った書状である。越後にては青苧が生産され、三條西家は之が公事銭を収納する株を持っていた。その進納が三箇年間も滞ったので、為景にその進納の催促を致すように依頼し、且つ勅筆一枚と段子とを贈るために、この書状を認めたのである。当時地方の豪族の中には勅筆の拝領を望む者が多く、京都の公家が之が拝領の執次をした事が、諸家の日記に見えている。この実隆の書状もその一例を示すものである。とのことです。