神社の下文には、往々捺印がある。

右の図版に挙げた文書は、大隅八幡宮の政所が同宮留守の神人等に下した下文である。同国禰寝院南俣村は、親助と申す者の先祖相伝の所領であったが、大宰府に対する納物あるいは負債を始末致し兼ねたので、これを伯父の同宮御馬所検校頼清に売り渡した。これに対して大宰府并に大隅国司の承認を受け、頼清がかねて領知していたところ、親助の妹夫平行道と申す者が、これを押妨する由であるから、これを止める為に神人を遣わして取り捌かしむるように、この下文を出したのである。

書式においては、前掲の院庁下文と同じであるが、字面に「八幡宮印」とある朱印が、五顆捺してある。下文の系統の文書には、元来捺印を見ないのであるが、前述した国司の庁宣の初期のものと、この社寺の下文には捺印したものを見る。なお神社の下文には、のちの時代に及んでも捺印しているものが往々ある。これは印が永く伝統的に用いられて、紙面を正確にしたのであるが、また印が一社の権威の表徴と考えられ、これを捺すことによって一社の総意をそこに表したものと思われる。とのことです。