書牘しょとく、手紙

(略)

時宗は祖元を迎えて之を建長寺の住持と為したが、弘安四年蒙古襲来のあった翌年円覚寺を創建し、祖元を請うてその開祖に仰いだ。更に翌六年七月十六日、幕府は円覚寺を祈願所となした。この文書は、祖元がかく円覚寺が将軍家の祈願所と為ったこと、且つ幕府から寺領を寄進したことを謝するために贈った書牘である。とのことです。