足利義満が石見の佐波氏に送った切紙の御判御教書

第四種 御判御教書

更に〔四七一〕、延文元(正平十一)年十二月廿三日、将軍足利義詮が、土岐下野守に、尾張海東郡内における同氏の庶子等の旧領を預ける為に出した文書で、此部類の形式を具えている。御判の御教書と云うべきものであるが、内容から申せば預ケ状に当たる。又〔四七二〕は、応永六年十一月七日、足利義満が大内義弘の謀叛に依り、石見の佐波備中守を招く為にだした軍勢催促の御教書であるが、同じくこの形式を以て書いてある。料紙に切紙を用いているのは、京都から遠方石見に送ったからであろう。とのことです。