召文御教書

は 召文御教書

次に〔三六二〕は、嘉暦元年九月廿七日、鎮西探題北条英時が博多聖福寺に、櫛田宮修理料に関する同宮の訴訟に対し、日限を切って雑掌、即ち訴訟に対して陳弁する者を出頭せしむるよう促したものである。かく陳弁する者を召喚する為に出す文書を特に召文若しくは召符と云う。右両通は共に鎮西の御教書と称するが、後者は問状と同様に、更に之を召文御教書とも云う。先の問状御教書と同様、関東六波羅からも召文御教書を出している。とのことです。