源頼朝、征夷大将軍の職を辞す

頼朝は右大将の職は辞していたが、建久三年七月、征夷大将軍に任ぜられ、翌八月五日将軍家政所の吉書始めの式を挙げている。その後は右の図版に示したごとき、将軍家政所下と書出したすなわち、将軍家政所下文を発した。

しかしこの式の政所下文の管見に入った最終のものは、建久四年六月九日のもので、その後建久七年同八年に亙って伝わる政所下文は、〔一〇六〕に示す如くみな前右大将家政所下と書出してある。これによって、建久四年と同七年の間において、頼朝は将軍職を辞退したとみるべきである。このことは吾妻鏡には何ら記載がない。恐らく建久六年三月頼朝上洛の折辞退したものであろう。かくのごとき重大な事実の存在を、文書の存在によって確かに推定しうることは、古文書の史料として重要なる一面を示すものというべきである。とのことです。