徳川家康書状并に黒田長政書状

次には文書の原形をそのままに保存することが如何に大切であるか、それをまざまざ知ることのできる一例を示そう。

ここに掲げた図版は、関ヶ原役に関した徳川家康并に黒田長政の書状である。慶長五年七月十七日安芸の毛利輝元は、大阪方の謀将等に誘われて大坂城西丸に入り、その盟主に仰がれようとした。家康は予て輝元が家康に好を通じていたから、この輝元の態度に大いに不審を抱いた。とのことです。